障害者支援とよばれるお仕事に関わるまたは関わりたい人たちへ
神様のつもりにならないで。
人一人の生き方や、場合によっては命の使い方に影響をきっと他の仕事よりも少なからず与えてしまう立場に立ってしまう、かも。
それって貴方の「やりがい」って言葉で丸めて良いモノものではないのではないのかなと・・・
ヤバイよね、ヒト一人の人生って。。。
だから、怖くて避けながら、そこを現場で担わなくて済む新たな切り口(模倣ではなくそれを作った自負はありますが)で、上澄みだけを掬い上げるという、しかも切り捨てるモノは切り捨てるという、それまでは有り得ない新たな切り口でマジェルカという事業を始めたのが7年前。
「直接支援(障害のあるヒトたちを抱え込む)やればいいじゃん・・・」
ってことは随分と言われながら
「やるワケないじゃん、そんなしんどいこと」と・・・
だからそれをやっているヒト、やろうとして悩んでいるヒトたちに対しては
常にリスペクトの思いは持っていましたよね、こう見えて。
ビジネスセンスとか商売上の常識とかがあるかどうかなんて、ホントはどうだっていいんですよ。
それはこっちの本分だから。
それよりも、ウチがビビって関わりきれないできた部分にどれだけ真面目に向き合っているかっていう方が重要だし気になって。
そもそもそこに対して適当なクセに、ビジネスセンスやデザインセンスがあるフリしてる方がウザいしめんどくさいかも。
話戻して、今、それまで怖がっていた、障がい持っている人たちを直接支援する立場に今なってみて、思っていたよりも、ではなく、思っていた通りに、十把一絡げではなく一人一人に対する思いや、考える事や、悩む事って半端じゃないし怖いなと。
この人たちの生き方に影響与える立場になるかもしれないというやり甲斐よりも、そんな重大な事に関わる怖さの方が強いかなと。
もし障害者福祉に進みたい学生さんがこんなの読んでいたら、「支援」してあげるという感覚で、人生経験もろくにないケツの青い自分が幸せに出来るとか、したいとか思わない方が良いんじゃないかな。
そんな傲慢な人間はもう既に今の福祉現場には一杯一杯で、それが突破口を塞いでたりするからいらないんじゃないかなと。
相手は1人/76億人ではなくて1人/1人なんですよね、やっぱり。
それは障がい有る無し関わらず。
貴方も諦めたくはないようにきっと相手も。
相手にとって必要な人に、相手を貴方にとって必要な人に。
綺麗事、言うと自分に跳ね返ってくるので、言霊よりも実践を重視するタイプなので
綺麗事を口にするの避けてる方ですが、たまには斜に構えて逃げずに自分も律してみようかなと。
思いだけの上辺ばかりではない実行力のある素敵な人たちが福祉の現場に増えて、素敵な未来が訪れるといいなと思うオッサン1人でした。。。